(反省は2006.1.7記載)
建設コンサルタント業界、20世紀の反省
コンサル業界がいつできたかというと、戦後復興に外国人エンジニアを招き成功したことをきっかけとしているらしい。そこで国内にもエンジニアを養成すればよいということになったが、「エンジニアを養成するのではなく、インハウスエンジニアのテコを養成してしまった」。ここに黎明期での失敗がある。スタートから「中立的な第三者」であることができない状況が存在したのだ。コンサルタントは、発注者のテコとして発生してしまい、エンジニアとして自立できなかったわけだ。それを延々と40〜50年引きずったままとなっている。
次の失敗は、「結果の平等」を「公平・公正」と勘違いしてしまったことだ。民主主義における公平とは「機会の平等」が確保されることであって、結果の平等ではない。結果の平等を良しとしてしまったばかりに、公共事業ばらまきと、談合システムによる均等配分が常態化してしまった。さらに、その間に企業への天下りOB、あるいは公益法人への天下りを中心とした手数料商売的な構図が完成し、その出来上がったシステムへの忠誠を誓うものしか新規参入できないようになっていまった。その結果、技術サービス業はいつのまにか技術者手配業になってしまった。典型的なのは、1980年代後半から、「丸投げ」に代表される「リベート商売」に主軸が移ってしまったことだ。大手コンサルは受注を延ばし、業務は外注し、技術者は「手配師」「打合せスペシャリスト」に変化していった。
このような弊害を改善するために、発注者側は1995年に仕様書を改正し、「再委託の禁止」をうたうようになった。その後TECRISが導入され、外注先の技術者はどんどん裏側に隠れるようになってしまった。外注先の技術者は、実際の業務消化に携わっているので技術力は錆びないのだが、表に出ることができなくなるため「社会的実積」はゼロのままという状態になった。表に出ようとすると、実績主義という「機会均等」と相反する排他システムが機能した。コンサル業が、虚業へ変質していったのだ。たとえ業務に失敗しても、OBがすぐに取り繕ってしまうため、また次も懲りずに同じ失敗を繰り返す。そして業界全体の信用を、自らの手でどんどん失墜させていった。
しかし、言うまでもなくこれは納税者が利益を得るシステムではない。税金は効率の悪い方法で使われ続けた。そして国家財政は破綻の危機に瀕し、コンサル業界にもモラルハザードがおこった。それに気づいている人は沢山いる。しかし行動する人はいない。
(反省)ここはもともと反省なので、それ以上の反省はありません。
1990年代の太田ジオの予想と行動と結果
太田ジオは1990年に創業した。その理由は、業界を良くしようなどという気持ちではなく、このまま流されたら自動的に管理職になり、そして技術的に何もできなくなったときに「確実に梯子を外される」。そうなったときに、「犯人、張本人、悪者」はいるのだろうが、失った時間は返らない。そこで愚痴るくらいならば、自分でやった方がナンボかマシだ、という気持ちからだった。
創業時に予測した10年後の業界の姿は次のようなものだった。
1)2000年にはコンサルタント業務はすべてプロポーザル方式で行われるようになる。しかし技術競争の前に壮絶なコスト競争が待っている。
2)情報公開が一般的になり、丸投げ的業務遂行形態は消滅している
3)1990年には不可欠だった営業経費(OB費含む)は、2000年には逆に重荷になる。このため業界再編が起こる。
そして実際の2000年の現状は、いずれも実現していないが、実現間近になっている。予測の方向性は間違っていなかった。
しかし実際に営業してみると、下請会社が表に出る機会などゼロに等しいことがわかった。そういう閉鎖的システムが完成していたのだ。会社として大いに悩んだのは、「表に出なければ未来はない。しかし日々営業していくためには黒子となる下請を否定できない。」ということだった。所属を名乗れない下請業務を行いながら、同時に名前を表に出していく方法はないか?
その結論は、建設コンサルタント登録、学会活動への積極的な参加、および来るべきインターネット社会に備えて会社のホームページ作成だった。この3つでは自社の名前を「隠すことはできない」のである。
また技術競争の前に必ずコスト競争が来る。それは下請業務においても発注量の減少と人件費の上昇から計算すれば容易に予測できた。コスト競争に関しては、徹底的なパソコン利用による効率化を追求した。目標は他社の1/10の時間で、倍の内容の成果を作り上げるシステム作りだった。このために売上高の10%程度を投資し続けた。その過程でわかったこと。「システム」は、結局「機械・ソフト」ではなく、個人個人の「情報リテラシーの向上」に依存する。ということだった。
ホームページは1996年から公開したが、1998年頃からインターネットが急速に普及したことと、建設CALS構想が出てきたことが幸いして、「少なくとも会社名くらいは皆が聞いたことがある、程度にしたい」という目的が達成された。さらに、自らの意見をしゃべる人があまりにも少ない業界だったため、日経コンストラクションなどの雑誌の目に留まり、企業PRが予想以上に進んだ。そして、それらをきっかけとして先進的に取り組むいろいろな人と親交を持つことができるようになった。
(反省)ここはもともと反省みたいなものなので、それ以上の反省はありません。
2005年までに起こること
<IT社会の到来>
IT社会が到来する。いま盛んに言われている建設CALSや情報公開は、すべてIT革命の中に取り込まれてしまい、特別の名称を失うことになる。電子的なやりとりは「あまりにも当たり前のこと」になってしまうのだ。
20世紀の仕事の基本が「情報を隠すこと」「他者が知り得ない情報を独占すること」で成り立っていたのに代わって、「すべてが公開される中で価値のある情報を提供できるものが選ばれる」という概念が台頭する。情報公開社会の中では、自ら発信できる情報(TECRIS技術者IDの技術者情報や業務実積などのこと)を持たない者は「決して選ばれない」のだ。だれにも知られない存在のものが、選ばれる道理がない。(20世紀ではその「情報」に相当するものが「OBの存在や、閉ざされたメンバー内での話し合いシステムの存在」だった)
(反省)これは読み通りといっても良いのではないでしょうか。
<IT植民地化>
ITは「先手必勝」。IT化を果たすと、短時間で非常に大きな効率格差が生まれる。日本が空白の10年を過ごしている間に、アメリカは言うまでもなく、アジア諸国もITを推進した。IT後進国の日本がIT化しようと動き始めたら、彼らはどういう行動に出るだろうか?当然つぶそうとするだろう。市場経済は競争原理で成り立っているからだ。
かつて、経済大国と呼ばれていた時代に、円高のため、人件費の安いアジア諸国に工場を進出させたことがあった。これは明らかに「経済植民地」による解決策であった。ならば今度は、日本は逆の立場に立たされる。日本は「IT植民地」となり、やることなすことIT先進国の利益になる動きをするようにし向けられるのだ。もやは、日本がイニシアチブをとることはできない。海外企業が、日本市場にITを利用して進出してくるだろう。
(反省)ITで日本がイニシアチブをとるのはやはり難しかったようです。重要技術を国内回帰させるという方向転換は行われましたが、まだ成功するかどうかも不明です。
<入札に関わる変化>
2002年以降には、技術者個人情報が流通するようになるだろう。情報公開法をきっかけとした、圧力がかかるからだ。「なぜその会社を指名に入れたのか?」「なぜその技術者を管理技術者・担当技術者として認めたのか?」これらは公開しなければならなくなる。会社の指名理由を説明するのは特別の業務を除いてかなり困難だ。技術者の指名理由は、それよりもやややりやすい。TECRIS技術者IDで、リアルタイムな担当業務が検索され、またこれまでの業務成績が一覧できる。この組み合わせで選択理由は説明できるようになる。すなわち、指名競争入札が残る場合には、指名対象は技術者個人となるのだ。ここで過去の不成績業務が技術者個人の足を引っ張るようになる。実際に自分が担当していなくても、データベースには冷酷に残ってしまうのだ。成績評価がプラス評価か、減点式評価かにもよるが、身に覚えのない低評価業務が命取りになる可能性もある。
しかし、発注者側が技術者を選択する指名方式でなくても、技術者データベースを用いれば、一般公募による総合評価式入札のほうがむしろ簡単となるものと思われるし、結果的に良い成果が得られ、納税者がトクをする。ソフト開発業務では海外で行われるようになっているサイバー空間でのプロポーザル方式が将来のコンサル業界の受発注形態となるだろう。
(反省)上記の流れは2005年の末に姉歯事件を契機として加速するような感じです。
<下請専業の行方>
一方、下請専業でやっていて、TECRIS技術者IDすら取得していない技術者は、「社会に存在しない」または「社会に出てきたばっかり」の技術者としての評価となる。なぜならIDのないもの、または完全な黒子技術者は、管理技術者はおろか担当技術者としても記録が残らないからだ。IDは、JACICからソフトを購入するだけで登録・取得することができる。TECRIS対象業務があろうとなかろうと、IDを取得しておかなければ「同じ土俵にはたてない」のだ。IDがなく、資格もない技術者は「ホームレス技術者」となり、業務依頼はしたくてもできなくなる。評価したくても評価できなくなる。技術者を選ぶ人が、「元請会社の担当者」から「納税者」に変わると考えるとわかりやすいはずだ。だから「自分は良い仕事をするから大丈夫だ」は、単なるマスターベーションになりさがる。いつでも、表に出ることができる体制だけは整えておかなければならないのだ。
(反省)ここまで激しい変化は起きませんでしたが、2006年以降には起こりそうな感じです。
<企業の行方>
元請・下請ともに、IT化と情報公開で劇的な変化が生じ、いままでのシステムはいったん全部崩壊すると考えた方がよい。企業の大半(コンサル業界に限らない)は消え、その中から戦える形を取り得たところが台頭するようになる。だからこそ「革命」なのだ。「流行」ではないのだ。
(反省)こういうのを大はずれというのでしょうか。
21世紀、太田ジオの目標
「納税者に選ばれる会社・技術者」「発注者(納税者の代理人)が、納税者に対して選定した理由を明確に説明できる会社・技術者」となることを目指す。
(反省)方向性は堅持しています。