![]() |
2003.10. 高知県技術士会会報 Vol.15<<巻頭言>> 技術者冥利に尽きる時代の到来 |
![]() 太田ジオリサーチ 太田英将 |
||
| この不景気に何を呑気なこと言っているのだと思われるかもしれない。しかし現在技術者に求められているものは、@提案力、A高い技術力・問題解決力、Bプレゼンテーション能力など、技術者個人の本質的評価に関わるものになってきはじめている。組織力・総合力・ブランド力・コネクション力などといった曖昧で不透明なもので評価する時代は終わりつつあるのだ。これは、多くの技術者が望んでいたことではないか。この技術者評価基準は、まさに技術者がその力量を正当に評価してもらえると言う意味で「技術者冥利に尽きる」という表現が適切である。 しかし、技術者冥利に尽きるはずなのにそんな喜びを感じない、というのが多くの技術者の実感だと思う。それは、この評価が次の時代のものだからだ。残念ながら、「今」の評価基準ではない。今はその「芽」が見えているだけである。 ついこの間までは、公共事業がたくさんあり多くの企業に平等に分配されていた時代である。その次の時代には公共事業が少なくなり、し烈なコスト競争が始まると予想された。現在はそのコスト競争のまっただ中にある。技術者冥利どころか消耗戦の様相である。そのような過酷な状況下にあっても、ポスト分配時代に目線をおき、コストダウン投資をしたところは、現在のいわゆる「大安売り市場」にも対応できている。そして、新しい評価基準が示唆するように、次の時代は技術者の力量が重要視される時代と予想される。 技術を価格で評価することはそもそも無理なことであり、公共調達において技術の提供者を価格によって決めている国は日本だけである。例えば米国は1972年からブルックス法によりそれが禁止されている。公共事業において技術を買う時の最大の関心事は、「納税者にとって最善の業務成果を得ることであり、かつ、公正で正当な選定プロセスを経ることである」からだ。現在は、入札等に関わる数々の不祥事により過剰に人の意志が入り込まない選定プロセスをもつことに極度に固執している状態であるが、それは納税者が最善の技術を得ることにはならず、むしろ軽視されていると言わざるを得ない。したがっていまの「技術の大安売り市場」は決して長続きしない。現在企業経営者や技術者が凝視すべきところは、ポスト大安売り市場である。そこにはかつて無かったほどの大きなチャンスが存在している。その「ポスト大安売り市場」に先行投資するところは次の時代に生き残ることができる。 現在進行中の技術の大安売り市場では、費用を抑えるためのリストラや技術開発投資の抑制が行われている。現実として背に腹は代えられない部分もあるだろうが、ポスト大安売り市場で飛躍するためには、技術や人材の育成に「今」投資しなければ間に合わない。技術力を重視する市場に移り変わったときに、スムーズに参入し活躍するためには、その前の取り組みが重要なのだ。それを怠れば、市場への参加資格がなくなってしまう。 社会や技術の変化が徐々に変わっていくことはむしろ希で、長い沈滞期のあとに突然大変革が起こり、一気に価値観が変わる。パラダイムシフトと呼ばれる現象である。価値観が変わると、今までの沈滞期に悩んでいたことなどがとても小さくばかばかしいことに見えることだろう。現在の公共事業に関わる沈滞期もおそらく近い将来には同様な感慨をもつことになるに違いない。 具体的に言えば、技術業務において最低入札額を提示したものが落札となるシステムはなくなるだろう。また、現在の発注者・受注者の二者構造は、諸外国と同様に発注者・受注者・コンサルタントの三者構造に移り変わるだろう。中立的技術者が必要になるわけだ。中立的という言葉が意味するところは、技術と資本の独立性のことである。平たく言えば紐付きでないということだ。歯に衣着せずに言えば、現在の日本の建設コンサルタント会社のなかで紐付きでないところはむしろ少数派だ。これからの時代は、独立性・中立性を高めていかなければならない。 夜明け前が一番暗いと言われる。公共事業を中心とした土木建設業界は、いま一番暗いところにいるかもしれない。しかし、地球が自転するのをやめないのと同様に、土木建設技術が必要でないような社会も存在しない。すぐ目の前に、技術者冥利に尽きる時代が待っているのである。 |